小指に触れた慣れない温度に、思わず手を引っ込めてしまった。横を歩いてた千空を見ると、なんとも言えない表情で私を見ている。
やってしまった。でも、君、そういうキャラだったっけ。
普段の言動からはとても想像できない彼からのアクションに戸惑うばかりである。

「なに勘違いしてんだテメーは」

そう言った彼の指差す先には、大木の根がどうぞ躓いてくださいと言わんばかりに隆起している。

「わぁ〜全然気付かなかった」
「よく今まで怪我なく生きてきたな」
「そんな褒められましても」
「いや1oも褒めてねえわ」

危うく千空の前で派手に転倒するところだった。彼はぼーっと歩いてる私を引き止めようとしてくれたらしい。
結果的には驚いた私がそのまま歩を止めたので事なきを得たが。

「びっくりしちゃった、いきなりそういう雰囲気かと」
「そういうってどういう」
「え、言わせるの?手を……繋ぐのかな〜なんて……はは」

考えてみたら千空がそんなことする筈がなかった。勘違いとか言われちゃったし。
一人でキャーどうしよう!と一瞬盛り上がってしまった。

「……のわりにはソッコー引っ込めやがったよな?」
「違う違う!私手が冷たくて」

毎年冬になると手足の冷えに悩まされている。でも3700年後の日本がこんなに寒いなんて思わなかった。地球って温暖化してるんじゃなかったの?人間が一斉に活動を止めたから、冷めちゃったのかもしれない。

「冷たい手なんてわざわざ触りたくないでしょ千空も」
「ほーーん、名前テメーがアホなのはよく分かった」

はいはいどうせアホですようだ。冷えきった指先に少しでも血を通わせようと手を握ったり開いたりしてみても、効果はちっとも得られない。

「うう、こんな話してたらもっと寒くなってきた」

早く暖かい室内に戻りたい。そしてゴロゴロしたい。

「バカ、だったら間違ってねえよ。何も」

アホの次はバカと来た。さすがに文句の一つや二つ言ってやろうと思った矢先。

「あーーマジで冷てえ、ゾンビかよ」

私の冷えきった右手は、千空の左手にしっかりと握られている。
彼の体温が、凍てついた私の指先をじわじわとほぐしていく。
不思議なエネルギーが触れ合った手から手へと流れ込んでいるような気がした。

「……ゾンビって冷たいのかな」
「冷てえだろ、死んでりゃな」

なんで死んでるのに襲ってくんのさって聞こうと思ったけど、千空が難しい考察を喜んで披露しそうなので今はやめた。
繋いでいる間くらいは、もうちょっとロマンチックな感じが良い。曲がりなりにも乙女としては。

「でもまさか千空にそういう発想があるとはね〜」
「恒温動物らしい行為だろうが。俺はマグマ相手にやる直前までいったからな、そん時よか100億倍マシだ」
「比較対象……」

千空とマグマの「ウエ〜ッ」とでも言いたげな顔がありありと浮かんだ。

「コハクに温泉連れてってもらおっかな。ほら今ってすることもそんなないし。千空も行く?」
「体力ゴミの俺らが冬の箱根山に入ったらそれこそ一発アウトだがな」

ちぇっ、こんな世の中じゃ温泉にも気軽に行けない。
私たちが慣れ親しんだものが何もかもないこの世界は、自由に見えて実に不自由だ。そしてその分、誰かの温もりの有り難みをこうして感じることができるんじゃないだろうか。

「じゃあ仕方ない、しばらくは千空で我慢してあげるとしますか」

少し温まった手に力を入れて、腕と腕が触れるところまで近付いた。

「あったか〜い」
「歩きづれえ」
「そこは慣れですよ、慣れ」

千空の言うとおり。生きてるもの同士、手を携えて支え合って、なんとしても歩いていかなければ。
そういうことでしょう?



2020.12.26


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